6月の雨の庭

中3女子、中1男子ふたりの子どもがいる、40代も半ば過ぎたところにいる母の日記です。

わかるわかる、の感覚

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昨日に続いて晴れ。朝の天気予報では曇りマークばかりでしたが、意外と日差しがある。分けて洗ったこともあり、洗濯は3回。夕方から長女の矯正歯科の検診があって、そのあとオットも会社から戻って出かける予定。

長女ひざは左右ともに真っ青になっているけれど、腫れはひどくなっておらず、押すと痛いそうですが、とりあえず長男が捻挫したときの湿布を貼ってやり過ごしている。わたしも今朝起きたら、右目の白目部分に内出血があって、まるく赤いところができていてびっくりしたのだけれど、ぶつけたわけでもないから(自覚がない)、そのまま。コンタクトレンズいれてよいものか迷っているんだけど、入れないと運転できないから(メガネだと度数が弱めで怖い)、入れて出かけるつもり。

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昨夜はスカイプでの打ち合わせ。21時から約2時間。最初は複数の人たちのやりとりを記録する書記のようにほとんど発言せずにいたものの、それでもさまざまな発言や意見に対して自分なりに考えてもいたし、そのあと、個別に話をしたこともあって通話後もしばらく頭がしゅんしゅん音を立てて回っているような感覚が残った。仕事の話をする時間帯ではないなぁ...金曜だったのが救い。どうしても神経が昂るところがあってとても眠る気になれず、結局、1時過ぎまで眠れなかった。

冬の寒さで縮こまっていたからだと心と頭を、日々春めくのとともに、やっとこさ目覚めさせて「次」を見るようになったのだけれど、感覚がいささかオーバー気味になっている。あくまで自分比なのではあるのだけれど、頭の回転が増して、感覚が鋭くなったような気がする。
こういうときには要注意。なんでもわかった気になるし、ある程度のことは外れていないのかもしれないけれど、そのようなオーバー気味な感覚から発した言動で周囲の人を傷つけてしまうこともあるように思う(合っていることでなおいっそう、ということもあるし、そもそもどこまで合っているとか関係なく)。

万能感、というとオオゲサなんだけれど、すごくわかったような気がすることってあって、余計なことを言っちゃいそうになったことがよくあった。他人の問題の領域に首を突っ込んで、どこかコントロールしたくなっちゃうような。人の話を聞いていても、陥りやすいポイントがわかってこうすればよいのに、と思うときもよくあったし、実際に言い方を選びながら伝えたこともあったけれど...。でも、相手から求められていないときには何を言っても伝わらないんだよな、と。それだけでなく、わたしの具合が悪くなっちゃったり、なんとなくつきあいづらくなることもあったりして。求められない限り、伝えないことにした。

ある知り合いと話をすると、しょっちゅう占い師や霊感のある人に見てもらって、その結果がどうだったという展開になるんだけど、その内容はわたしでもそう言うなぁと思うようなことばかり。さもなくば、ちょっと脅しにも似た、一方的な決めつけのようにも感じるんだけど。初対面でどのくらいの情報があっての発言かは知らないけど、悩み事を聞きながら話すだけで「わかる」ってなるだろうな、と。

占い師ならその人がわざわざお金を払って求めたことだけれど、わたしが言うのは余計なお世話でしかなく。勝手に「こういうところが気になります」「このようにしていけばよいと思います」なんて思われても...ね。
 
他人のことをどうこう見るよりも、自分のことを見ないと。ほんとうに足下から。学ぶためにも謙虚さや素直さを大事にしないと。この時期は特に。わかった気になる怖さってものを自戒を込めて。